雨上がりの戯れ

twst/ジェイスミ
11 子守唄/lullaby
『目を閉じた/泡沫/声』
ワードパレットよりお題をいただきました
昨日の雨で湿地のようになった芝生の中央にあるガゼボは、日が遮られてちょうど今の季節には過ごしやすい。中のベンチに座りジェイドに膝を叩いて寝転ぶようにと言えば、ジェイドはきょとんとした後に慌てて断ったが、遠慮しなくていいと笑いかけると観念したようにあたしの膝を枕にして横たわってくれた。先程まで中庭で励んでいた飛行の練習中にジェイドは誤って地面に落下したのだ。咄嗟に下にいたあたしが支えたから大事には至らなかったものの、身体を少し打ったようだった。
「では、失礼します」
目を閉じたジェイドの睫毛の長さにため息がこぼれる。ジェイドの顔立ちはとても美しいと思う。特に優れた審美眼の備わっていない自分にもそれが分かるのだから相当美しいのだろう。
「スミルノフさん。そんなに見つめられると照れてしまうのですが…」
遠慮がちに発せられた言葉に我に返る。
「あ、ごめん。頭はあたしが抱えたから強く打っていないと思うけど…足は骨折したりしていないか?腕も大丈夫だったか?」
「ええ。問題ありません」
にっこりと微笑むジェイドの頬に泥が付いている。昨日の雨で出来た水溜まりの水だろうか。落ちる時に跳ねてしまったようだ。
「ジェイド。ちょっと動かないでくれ」
「え?」
そう言ってジェイドの白い肌に付着した泥を親指で拭き取る。
「うん。綺麗になった」
満足気に微笑んでみせると、ジェイドはなぜだか顔を覆っていた。
「え、どうかしたのか?」
「スミルノフさん…貴方は何故こんな…いえ、なんでもありません……」
「なんだ?」
「お気になさらず…」
「そうか?」
たまにジェイドのことが分からなくなることがある。秘密主義というわけでもないのだろうが、そういえばジェイドの故郷の話などはあまり聞いたことが無かったなと思い至った。
「なあ、ジェイド。ジェイドの故郷はどんな所だったんだ?」
ふと聞いてみればジェイドは意外そうな顔をして口を開いた。
「そうですね。北の深海ですので寒くて暗くて…でも海は良いところです。陸のように重力はありませんし、箒に乗らなくてもどこまでも泳いでいけます」
「自由なんだな」
「ええ、素敵ですよ。いつかスミルノフさんにも見せてあげたいです」
そう言ったジェイドの瞳は寂しそうに見えた。
「叶わぬ願いですが」
笑顔に上書きされた寂しさは一瞬で消える。水中に揺らめく泡沫もこんなに呆気なく消え失せるのだろうか。締め付けられるような胸の痛みに、ジェイドが本来居るはずである場所は自分には踏み込むことすら出来ない場所である事実を突きつけられたようで寂しくてたまらなかった。
「なあ、ジェイド…今度さ」
「はい?」
「あたしに…泳ぎ方を教えてくれないかな?」
「え?でも…」
「うん。水は苦手なんだけど…でも、ジェイドが生まれた場所を見てみたいんだ。きっとジェイドが教えてくれたら泳げるようになると思う。ダメか?」
「ふふふ、もちろん構いませんよ」
嬉しそうに綻んだジェイドの声色に胸に詰まった何かが解けるように消える。晴れやかな気持ちになってありがとうとジェイドに微笑み返すと、ジェイドは幸せそうに笑っていた。

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