花信風に便りをのせて

bleach/ローズ×綺江
☆special thanks/
ろぎさんよりいただいたタイトルです
春風はいつも温かで、馨しい花の匂いを運んでくる。華小路家の敷地に広がる庭の枯山水には一輪も咲いていない花の香りに巡り会える春の風が好きだった。とある貴族に依頼された装身具を届けた帰り道を歩いていると、どこからか漂う薔薇の香りに懐かしい貴方の顔を思い浮かべた。幾度も春を越えた日に貴方は突然尸魂界に戻ってきた。変わらない顏は最後に会った日のままに美しく、その横顔に息を潜めてただただ貴方を見つめていると、貴方は少し目が合った私に疲れたような笑顔を向けた。ただ、それが私に向けたものであったのか私には分からずじまいだ。西洋の薔薇の香りをイメージするに相応しい金髪は青い空に映えて眩い。貴方は以前から何も変わっていないように見えたのに確実に私からは遠くに離れた場所に居るように感じられて寂しかった。側に近寄ることの出来ない貴方を辿るように、貴方の愛称と同じように呼ばれる花で身の周りを飾るようになった。自室も客間も。その高貴な香りに包まれているとまるで少しでも貴方に近づけた気がして嬉しいから。花の香りを辿って路地を抜けると垣根に巻き付いて咲く見事な薔薇の花を見つけた。柔らかな薄桃色の花びらが幾重にも重なって美しい姿を象る。思わず立ち止まって感嘆のため息をもらしていると注意力が疎かになっていたようだ。前から歩いてきた誰かの人影が歩みを止めた。道を塞いでいることに気付いた私は慌てて頭を下げると、道を譲ろうとして顔を上げ、その人の顔を見た。
「綺江」
心臓の鼓動がどくんと大きく脈打ち、息を呑んだ。薔薇の香りに包まれる度に思い出していた鳳橋楼十郎が、たった数センチ離れた場所で私を見つめていた。
「綺江だよね?」
「あ…」
驚きのあまり上手く声が出せない。代わり何故だか涙が出そうになって慌てて言葉を飲み込む。どう返せば良いのか分からず、着物の裾を握り締めて困っていると楼十郎の手が私の手を取って彼が困ったような顔をして頭を下げた。
「えっと、何も言わずに置いていってごめんね。怒る気持ちは分かるよ。理由は…話せば長くなるんだけど…」
しどろもどろになりながらそう言う彼の姿に懐かしさが込み上げて微笑ましい気持ちや、また会えて嬉しい気持ち、そして手を握られて何だか気恥ずかしい気持ちが綯い交ぜになり、溢れる感情が涙となって瞳から零れ落ちた。
「わー!き、綺江!ごめん!泣くほど怒ってた?!」
「そ、うじゃ、なくて…あの」
「うん?」
「あのね」
「うん」
「お、かえりな、さい…やっと言えた…」
ぼろぼろと頬を伝う涙をそのままに、大好きな貴方を安心させたくて笑おうと努力する。きっと変な顔をしているだろう。そんな私を覗き込んで彼は口を開いた。
「ただいま」
貴方の紫色の瞳いっぱいに私が映っていた。ほんとに変な顔だ。それなのに貴方がとても嬉しそうに笑うから、つられてまた笑い声をもらした。
「ふふ、おかえり」
抱きしめられてその温もりを噛み締めながら薔薇の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。貴方も、貴方を思い出させる薔薇の香りも、その全てが大好きだ。私を温かく包み込んで愛してくれるから。

0コメント

  • 1000 / 1000